炭焼日記
HomePage || 日記ナビゲーター(カレンダー)表示 || 過去ログ閲覧|| ▼無料レンタルはUIC
2007/6/26  年端はとりたくない。
雨は相変わらず降らないが、今日も蒸し暑い1日でした。
毎週火曜日、職場では一週間の工程を決めていく日で終業時はかなりてんてこ舞い。そんな中、慌しく仕事を済ませる。今夜はそれからが過密スケジュールのためだ。午後6時15分より工業技術の習得授業、19時50分より市民館にて音楽連盟定例会、チャリチィーコンサートの決定報告、会員のみなさんおご協力を依頼しまいた。
その後市内ファミレスにて、8月に行なわれる夏祭りに於いてのライブ打ち合わせを主催者と。
この時期になるとなんだか慌しくなってきます。でも心地よい疲労感だ。
この夏も、多方面からライブの依頼を頂いた。等々お断りした会場もでてきました。以前の自分だったら、がむしゃらに受けていたのだが、
やはり年齢からくるものだろうか、無理をすることが出来なくなってきている。そんな自分が悔しくなってくる。
5,6年前には、2週間で5回のライブをこなしたことがありましたが
今はそんな馬力も沸いてこない。
今夜のようなスケジュールでも悲鳴をあげている自分がいるのだから。
歳はとりたくないものだ!  情けなくなってしまいます。

ほんの2年前までは、すべてのセッテングを自分一人でやっていたのに
今はその勇気も馬力もない。
いつまでも若くないのは当たり前だけど少しづつマイナス志向になっていく自分が悔しくてたまらない。
この夏が体力的に乗り切れるのか、今から心配になってきた自分でした・

2007/6/21  電磁波
先日、WHO{世界保健機構}より電磁波による人体の影響が
発表されていた。パソコン、電子レンジ、テレビ、そして最近の
IH電磁調理器など、電磁波を発生する家電は多いい。
その発表の内容によると、直接的影響はないにせよ、やはり妊娠中の
女性は少し離れることを進めるとのことでした。その理由としては
胎児が白血病を患う危険性も予測されるとのことでした。
なんで
こんな事書いてしまったのか?それはやはり仕事愛からかなー。

時代は今や、電化住宅に変わりつつあります。約50年間続いてきた
日本の台所事情が大きな変革を迎えています。新規マンション、個別
住宅の大半がオール電化になってきています。
戦後から平成の時代まで、ガス生活を中心としてきたライフスタイルが
その陰りを見せはじめてきた昨今。
そんなおりにこの電磁波問題。すべてがベストと言うことでなく
やはりメリット、デメリットもあるものだ。自分がガス業界に携わっているせいか、
今回のWHOの発表は暗やみの中の蛍の灯りを見たような。
こんな話を耳にしました。
パソコン生活の現代において電磁波を少しでも防ぐには
ディスプレイの前に備長炭を置いておくといいとのことでした。
科学的根拠はないにせよ毎日携わる人にとっては耳よりの話ですよね。

2007/6/19  上司
サラリーマンの宿命と言うべきか、上司は部下を選べるが、部下は上司を選べない。
以前の職場に人の価値観を教えていただいた立派な上司に巡り会えことがあった。「人生感意気」と言う言葉のように、その上司の為ならば
身を削ってでも努力しょうと思ったものだ。
自分を信じてもらえることの嬉しさに感動した懐かしい時代もあった。
その時代からもう20数年がすぎようとしている。
その上司から先日ハガキが届きました。内容は、いまは、孫に囲まれ
畑仕事をしながら老後を楽しんでいるとのことだった。
お元気で何よりではあったが、自分には、当時のひたすら指揮ををとっておられたお姿しか記憶になく少しばかり一抹の寂しささえ覚える。
しかし
それ以来、当時のように私を感動また、燃えさせてくれる上司になかなかめぐり合うことができません。長い人生で一度でもその人の為に
完全燃焼できる人に出会えただけでも幸せだったのかもしれない。
こう書いてしまうと今の職場に魅力なしと思われそうだが、決して
そうではない。自分という人間の価値観をきちんと認めていただいていることに幸せを感じている。

2007/6/16  カラオケで充実!
夏のライブを前にバンド練習を積み重ねているこの6月。
昨日も全員集合での内容ある練習をすることができた。
メンバーが揃うのがが8時過ぎ。スタジオは5時からかりているので
かなりの余白時間があるのですが、 
最近は、その2時間以上の時間を有意義に過ごさせてもらってる・
実は一人ライブのごとくギターを弾きまくっているのです。これが楽しくて病み付きになり、あっという間に時間がすぎてしまうのです。その楽しみ方とは、実はカラオケです。
ある人からプレゼントで頂いた宝物です。
PAを組んでライブハウス感覚の音量でそのカラオケをながす。
そして自分のギターをミックスする。これがバンド練習前の私の
楽しみであり、トレーニング方法のひとつでもあります。最高の気分です。
以前、市販のカラオケCDで取り組んだことがありましたが、
なにか一体感がなかったのですが、今回、頂いたのは、
ドラム、ベースライン、カッティング、とにかくリズム帯の楽器が身体に心地良く伝りライブ感があり、わくわくする緊張感があります。モニターSPの真ん中に立つとバックに生バンドがいる錯覚さえしてくる。いま、これにはまっています。そのうち録音して
みようと思っていますが、まだまだトレーニング中。
そしてそのお楽しみが終わると
かなりのギヤップがありますが、本命のバンド練習に移ります。これが10時まで。限られた時間を有効的に
練習していく。
すでに来月からライブもきまっているので、メンバーも真剣にとりくんでもらってる。昨夜もいい練習になった日でした。
最後にきょんさんからの差し入れのヤクルトをメンバーで飲み尽くしお開きとなった。いつからヤクルトOOさんになったのかな?

2007/6/13  息子のバンド
九州、山口県地方は、今日一週間遅れの梅雨入りとなった。
近隣のダムも悲鳴をあげているのでとりあえずホッとしている。
ひからびた紫陽花もこれで色鮮やかに蘇ることであろう。

実は、今回、まだ研修中の息子が帰ってきてバンドの練習と言うことで
立ち会う事になった。
このバンドは初デビューが全寺連山口の懇親会であり、その日で解散という短命の
バンドでした。お互いが就職で離れ離れになっていくと言う理由からでした。しかし、いちどバンドの魅力を知ってしまった彼らは
就職後も連絡を取り合い、この度不死鳥のごとく?再結成となったとか。
今回は、KBもあらたに加入、やる気はさらに燃え上がっている。
約4時間、立ちあわせれました。
KBの女の子が、ピアノを弾いてるらしくそのお陰でなんとか
音楽になってると言った感じ。やはりKBは大切だ。
レベル的には、これからだが、さすがに若いだけあって覚えもはやい。
まぁ、全員が中学の時からの同級生ということだけあって意気は
合っていた。
「新入社員、頑張れ!」と応援した夜でした。

2007/6/9  動き出したチャリチィーコンサート
今週は、仕事以外にもよく動きました。
市の教育委員会、社会福祉協会、新聞社、地元FMラジオ局など、
9月のチャリチィーコンサートの共催、後援をとるためだ。
それぞれ快く引き受けていただきました。
嬉しかったのは今回、市の文化協会が共催していただけると言うことになった。これだけの後ろ盾を頂くなんてどんなに心強いことだろう。
市の広報誌にPRの記事掲載も可能となった。
これで市内外の高等学校にもコンサートのPRにも胸を張って行けます。

今回思いもしない嬉しかったのはFMラジオ局に訪問した日のことです。局長が企画書、協賛願いに目を通された後、
「とても興味あるコンサートですね、週一回、宇部空港2F搭乗前ロビーで、生放送していますが、来月PR兼ねて演奏していただけませんか」とのお話。
願ったり叶ったりのことでした。最高のPR場所かもしれない。
昨年もこの番組には、音楽連盟所属のハーブ奏者とヴァイオリンの
アンサンブルコンサートをされたのも記憶に新しい。
今回のコンサートにすでに出演が決まっているフルバンドのリーダーにそのお話を
もっていくととても喜んでいただいた。70歳にて現役のサックスフ ォン奏者だ。「エレキおやじ祭り」のタイトルに最高にふさわしいバンドだと直感しました。


2007/6/7  懐かしい友の訪問
昨日、懐かしい友人が職場に尋ねて来ててくれた。
私が21歳の頃に作ってたバンドのメンバーの一人でした。
5人編成のバンドでして、私以外のメンバーは同級生で4歳年下だった。高校を卒業して、一人を除き、全員私の勤めていたホンダの販売店に勤めることになった。ピットの中は全員バンドメンバーと言う
凄い職場になった。ただ一人2番ギターのN君は三菱のディラーに入社、
これも整備担当としての入社だった、
バンド全員エンジニアと言うのもなかなかのものであった。
と言うより、当時、私の勤めていた社長の理解があったからこそそれも
可能となった。今の山口スターライツのみなさんも全員が大手ゼネコン勤務だ。そこからくるチームワークは真似できるものではありません。私のこのバンドもいい雰囲気で5年間続いた。その後、自分はメンバーをその
職場に残したまま退社、のちにレインボーラブの結成となる。
彼らは相当に恨んでいたであろう。しかし、彼らは頑張りつづけ、やがてそこの工場長などなりサーブスマンとして活躍していった。あれから20数年、
その一人でドラム担当のM君が尋ねてきてくれたのだ。
「何十年ぶりかに、当時のメンバーと泊り込みで飲みましょう」と。
話を聞いてみると、ベース担当っだたものは社長に、2番ギターのN君は、三菱系列の工場長、ドラムのM君は一般道をはしれない企業専用道路の特殊車両60トントレーラードライバー、
みんな出世してるなー。いいオヤジになってると言う。
25年ぶりに会って見ることにしょう。折角尋ねて来てくれたのだから。


2007/6/5  田舎のモータース屋
この週末きららドームで開催されたモーターフェステバルに行かれたらしい。自分も行って見たかったけど、母の見舞いで行きそびれてしまいました。ブログの写真をみてとても懐かしく、若い頃を思い出してしまいました。
なんと、トヨタパウリカ、マツダキャロルが映ってる。どちらも初代モデル。両車とも、昭和42,3年頃のモデルと思いますが。
記憶が間違いなければ、キャロルは、360cc水冷4気筒、パブリカは、800cc空冷水平2気筒対抗式エンジンだったと思います。
想えば昭和46年、ギター弾きたくて家出プロ目指すも挫折して
帰ってくる。隠れるように地元のモータース屋に勤める。
扱う車両はメーカー問わず、ミゼット、スバル360、キャロル、
三菱コルト800、マツダ三輪車、小松ブルドーザーまで、オールマィティー、殆どの車両整備に携わりました。特にこのキャロルと
パブリカは、エンジントラブルが割と多く、よくオーバーホールしていたような。キャロルは、エンジンが精密すぎて。パブリカは、水平対抗式という特殊な設計からか、
NYのタコさんに叱られるかもしれません。

このお店でエピソードがある。お客さんが、運転席のシートが下がらないと言う。車はスバル360でした。私が試乗してみる。
田舎のモータース屋なので、無免許なんて誰も問わなかった。
また整備士は、だれも免許を持っていると錯覚している。
確かに、運転中になんどレバーを引いてもシートがスライドしない。
ピットに入れてシートを脱却してみて驚いた。
なんと大きなカメが乗っていてその甲羅が邪魔していたのでした。
田舎ならではの珍事件でした。
きょんさんのブログの写真を見ての懐かしい」思い出でした。

2007/6/1  忙しい季節到来
いよいよ今日から6月に突入。学校役員の第一線から身を引いてなんだか今一気合の入らない日が続いています。
考えてみると緊張のなかの忙殺の日々の3年間だったのかなと思ったりしている。
しかし、そうもゆっくりしておられなくなった。
音楽連盟の主催するチャリティーコンサートの実行責任者になり
すでにその準備に追われている。まず市の文化ホールを押さえる作業
教育委員会、文化協会の後援、社会福祉協議会の共催をとる必要性がある。
企画書、予算書、主旨説明など、これらを連盟会長の許可を頂き
市、福祉協議会、マスモミなどへ提出、最近仕事の合間にこんな日々の
繰り返し、
この何年間は、顧問と言う立場からこんな作業はしたことがなかったので、あたふたしています。
しかしいい時期です。これが真冬であれば、勤務中はまったく
動けることができないのですが、たまたま季節が夏に向かっていると
いうことで、少し動ける時間がとれる。今月の定例会までに、すべての
書類を提出、このコンサートの協力を願う事になる。なんんといっても
スタッフなくしては何もはじめることができません。
今回は文化ホールと言う事で、その設備を動かすだけでもかなりの人員が必要となってきます。
バンド活動もそうですが、私達中年エレキ大好き人間達は、夏になると
毎年忙しくなってきますね。今年もそんな季節の到来です。

Days-Board Ver.1.4